「オリエント急行の殺人」(クリスティ)

感銘を受けたのは、捜査側三人の最後の決断

「オリエント急行の殺人」
(クリスティ/山本やよい訳)
 ハヤカワ文庫

「オリエント急行の殺人」

イスタンブール発の
オリエント急行に乗り、
イギリスへの
帰途についたポアロ。
乗客の一人である
アメリカ人富豪・ラチェットが
自身の身辺警護を
ポアロに依頼するが、彼は断る。
列車が雪で立ち往生する間、
ラチェットは殺害され…。

雪に閉ざされたオリエント急行の
客車の中で、一人の男が殺害される。
犯人は外部にはあり得ず、
同じ乗客の誰かに間違いない。
乗客は国籍も身分も様々。
被害者との関わりの
なさそうな人間ばかり。
ユーゴスラビアの警察が
捜査を開始すれば、
さらに長時間の足止めを食らう。
その前に犯人を特定し、
警察に引き渡したい。
乗り込んでいた鉄道会社重役・
プークの要請を受け、
同乗していたポアロ、
医師のコンスタンティンが
事件究明に乗り出すのです。

私が取り上げるまでもなく、
世界的な名作ミステリとしての
評価が定着しています。
謎解きの面白さもさることながら、
私が最も感銘を受けたのは、
捜査側三人
(ポアロ・プーク・コンスタンティン)の
最後の決断です。
関係者全員を集め、
ポアロは事件の全容を説明します。
しかし三人は、真実を公にせず、
あえて「外部犯行説」を現地警察に
報告することに決めるのです。

衝撃的な決断をした理由の一つは、
被害者の特異性でしょう。
ラチェットは幼女誘拐殺人の
実行犯であり、
他にも残虐な誘拐殺人を犯し、
逮捕されていた極悪人なのです。
しかし犯罪で得た莫大な金で
司法を買収し、放免され、
国外に逃れていたのです。
いわば殺されて当然の
人物設定なのです。

もちろん、現代でもこの時代でも、
「私刑」や「復讐」もまた犯罪であり、
決して許されて
よいものではありません。
作者・クリスティは、
この「殺人事件」が、
本来行われるはずであった
「司法の裁き」に限りなく近づくよう、
驚くべき設定を施したのです。
だからそこに
「赦す」選択肢が生じてくるのです。

ポアロは「第一の説」として、
あえて「外部犯行説」を挙げ、
その上で「第二の説」として
「事件の真相」を説明します。
ポアロは決して
事件の隠蔽を主張しません。
プークがポアロの気持ちを忖度し、
「わたしの意見を申しあげるなら、
 あなたが出された第一の説の方が
 正しいと思います。
 そうに決まっています。」

進言するのです。

事実を的確に判断し、
あらゆる可能性を疑って、
時には大胆な駆け引きまで使って
証言を引き出す、
ある意味冷徹な性格で
真相究明を果たしたポアロが、
決して冷酷な人間などではなく、
人間味溢れる探偵であるという
一面を見せた最終場面には
胸のすく思いがします。

と同時に、読み終えたとき、
すべてのことが偶然ではなく、
必然的な状況下で起きた
出来事であることに
愕然とさせられます。
そして「罪とは何か」という
文学的ともいえる主題を、
読み手は投げかけられるのです。
作者の創造力の緻密さに
驚くばかりです。

ミステリの世界的名作
「オリエント急行の殺人」。
54歳にして初めて読みました。
若い頃は乱歩と横溝のミステリに
はまっていたため、海外ミステリには
手を伸ばす余裕がなく、
20代以降は純文学ばかりに目を向け、
ミステリを振り返る余裕がなく、
今ようやくたどり着いたところです。
いつかは読もうと思い、
映画やTVドラマを無視し、
本作に関わる情報を
すべて遮断してきた甲斐がありました。
いやいや、もっと早く
読むべきだったと後悔しています。
まだ未読の方々に、
強くお薦めしたい一冊です。

今日のオススメ!

(追伸)
物語の舞台となった
ヴィンコヴチ-ブロッド間の
山中のように、
私の住む地域は
記録的な雪に覆われています。
今年も多くの本との
出会いに恵まれた一年でした。
それでは皆様、
よいお年をお迎えください。

(2020.12.31)

Rudy and Peter SkitteriansによるPixabayからの画像

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